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酔いが覚めない

俳優おたくのあれこれ

周りを見る目の話。

先日の勢いのみで書きなぐった感情とは別に推しさんのお話の内容を箇条書きで書き、ツーショを撮るときに頂いた言葉を友人に惚気けることでどうにかこうにか落ち着きを取り戻しつつあります今日この頃。そうこうしているうちに次のイベントが迫ってます!また接触あるよやっっべえ生きてるかな。



今回は自分の日常生活の中で感じたことをぼそぼそ綴っていきます。4月になり新年度ということで、私はまた学生生活が始まりました。推しさんに応援されたことを支えに日々頑張ってます。そんな中でこれはダメだな、と思ったことなのですが同学年の名前をほとんど覚えていなかった。長い休業明けなのでほんとに酷くて、相手は私の名前を覚えててくれているのにこちらは全く思い出せない…、心底失礼なやつだと思います。でもおかしいと思いませんか?推しさんの共演者の方や推しさんの演じたキャラクター、役などはスラスラと思い出せるのに!あとは数年前でも何月にどこの舞台を見ていた、などはよく覚えているのにどの時期にどんな買い物をしたかなどはすっかり忘れている、など記憶の引き出しに大きな偏りが見られます。
でもこれってきっと、興味の有無や自分の意識の向き方にもよるんでしょうね。自分の中でどこにカテゴライズされているかによって知識に偏りが見られるのは、何も人名に限ったことではなく様々な分野で言えることです。歴史が好きな人は偉人名や事変を覚えることが苦ではない、生物学が好きな人は身体の構造や名称をスラスラと覚えられる。これと同じ原理が働いているので、私は推しさん関連のことはたくさん覚えられるけれど自分の周囲の人間は覚えられないということなのでしょう!



この話題について書き留めておいたのは、おたくを始めたことでこの現象が頻発することとなったのです。以前ただのゆるい2次元オタクだったときよりも俳優おたくになってからの方が忘失が激しいです。集中を全部推しに注ぎ込んでるのでしょうか、みなさんは如何ですか?
また、タイトルにも関係するのですが推しさん達以外の男性への興味がきれいさっぱり無くなってしまいまして…。推しさん達以外みんな同じに見えてしまってるんですよね。だから、なんというか周りを見る目がとんでもなく悪くなっているように感じています。推しさんを見る視力は上がっているのに周囲を見る視力はガタ落ちしている、これは由々しき事態です。一応年頃の女がそういったことに興味ゼロで良いものか?けれどあれだけ素敵な推しさんという存在を知ってなお他を見られるのか、いや見られない(反語)。今は自分のできる範囲で推しさん達へ全力投球することが生きる糧になっているので、ジリジリと削られている体力が尽きるまで応援していけたらとは思っています。友人以外との交流はしばらくおやすみですかね。